快復への願いと共に
魂の不完全さは、時折体調不良として現れることがある。
いつもより起きる時間が遅くなった。
いつもより食べる量が少なかった。
いつもより注意力が散漫になった。
人気のないところで1人で暮らすオロルンは自身の体調について、割と敏感に感知し無理をしないという行動が取れる。悪化させる方が厄介なことになる、と散々学んだのだ……主に黒曜石の老婆から落とされる雷によって。(彼女は氷元素使いなので、厳密には違うだろうがいい例えが浮かばない)
ただ、これまでは野菜たちのために多少無理をして水やりをしていたのだが、ココ最近はその必要がなくなった。
きゅ(オロルン)
イクトミ竜の幼体に意識を移したスラーインはイクトミ竜としての力と、もともとスラーインがもつ性質とが合わさり、幼体ながら成体並のことが出来る。オロルンと主にいる時は周囲に気を配り、何かあればオロルンに知らせるし、スラーインが片付けてしまうこともある。
初めてスラーインが魔物を倒した時はたいそう興奮し、オロルンの友人である獣医に「スーラは天才だ!」とまくし立てていた。少し気まずかったスラーインである。カクークには「お前も苦労するな」と面白がられたため「このくらいなんともない」と反論していた。スラーインが唯一まともに会話ができてる相手がカクークである。
ちなみに、カクークでもスーラが「隊長」であるとは認識できない。なんかすごい利口な竜でオロルンの保護者、と認識している。
オロルンがイファに会う頻度は割と多いため、竜コミュニケーションも必然的に多くなった。カクークはオロルンやイファをきょうだいと呼ぶが、保護者的な立ち位置でもあるためスラーインとよく保護者談義をしている。オロルンが起きない時の起こし方など、日常に地味に役立つことはほぼカクークから教わっていた。
なお、地味に役立っている。
クルル(今日は調子が悪いだろう。大人しく寝ていろ)
スラーインは野菜に水をやりにいこうとするオロルンを引き止める。水やりくらいならスラーインでも余裕でできるのだ。
「……うん、ありがとう、スーラ」
にへ、と力なく笑う。今回はいつもよりも不調かもしれない。急に下がった気圧も影響していそうだ。
(片付けも後でいいだろう)
食事ばかりはスラーインでもどうにも出来ないため、オロルンが自分で用意するしかない。食べ終わった頃合いを見て、オロルンをベッドへおしやった。
(おやすみ、オロルン)
「……おやすみ、スーラ」
スラーインに促されるまま大人しく布団に潜ると、直ぐに目を閉じてしまう。
(……重症だな)
イクトミ仔竜の手を伸ばし、オロルンの額に手を当てる。触れてわかるほど高い熱に内心眉根を寄せた。しばらく触れていると、スラーインの低い温度が心地よかったのか、表情が少し和らいだ。
(……先に野菜に水をやってくるか)
スラーインのほうが名残惜しく手を離す。そのまま家を出て畑へと向かった。
巫術を使い、水をまく。よくオロルンは野菜たちと会話をしているが、流石のスラーインでも野菜たちが何を言っているか分からない。しかし、心做しか姿を見せないオロルンを心配しているようだ。野菜を愛する男は野菜に愛されている。オロルンだからだろう。
クルル(……明日は難しそうだな。2,3日で良くはなるだろう。それまでに枯れてしまってはオロルンが悲しむ。やれることはやるから、元気な姿で出迎えてやってくれ)
伝わるかは分からないものの、スラーインもそうやって話しかけておいた。
一通り野菜の世話を終える頃、家の中からガタッと何かが落ちるような音がした。
(オロルン!?)
中にいるのはオロルンしかいないため、必然的にオロルンに何かあったに違いない。
慌ててスラーインが戻ってみるとベットのすぐ横に落ちて転がっているオロルンがいた。眠っているようではあるが苦しそうに顔を歪めている。触れずともわかる熱。吐く息も熱い。なのに、体はおこりのように震えていた。
(オロルン、オロルン!)
「はぁ、……うっ、……」
この時ばかりは小さな体が疎ましい。オロルンをベッドに戻したくても、せいぜい転がらないように支えることが精一杯だった。
(……このままでは体が冷えてしまう)
ベッドに戻すことは諦め、スラーインは布団を落とすことにした。このまま床に寝かしたくはないが仕方がない。せめて暖められればと、掛け布団を被せる。
「……だ、……れ」
(オロルン?)
ぼんやりと焦点があわない目が開かれる。スラーインを通して、どこか遠くを見ているようだ。
「…ま……って……」
ぎゅ、と今度は強く瞑られる瞳。目尻からぽろっと涙が溢れた。
「ばぁ、ちゃ……、…ィ…ファ……」
(オロルン……)
「…………、たぃ、ちょ……」
(!!)
ここにいるというのに、伝えられないのが歯がゆい。どんなに触れても、心を寄せても、オロルンにとっては「隊長」ではなくイクトミ竜の「スーラ」なのである。
あの時のあの選択を後悔はしていない。あれが最善であった。それは事実だ。だが、こうして改めて残してしまった者の悲しみを目の前にすると、もう少し何かできなかったのかと思い返してしまう。そして、こんな形を望んでしまったことも。もし少しでもそばにいたいと願わなければ、オロルンの悲しみを知ることもなかった。
いいや、やはり後悔はしていない。
そばにいることができる喜び。また、少なからずオロルンに傷を残した事実に喜びを感じてしまっているのだから。
(すまないな、オロルン)
でも、だからこそ今はできる限りのことをしよう。
このぬくもりが癒しになるのであればいい。
力が入った握り拳をそっと解く。そして空いた胸元の空間に身を滑り込ませた。オロルンは無意識だろうが、そのままスラーインを抱き込んだ。
「…………」
心なしか呼吸が穏やかになったように思う。
(……早く、元気になってくれ)
オロルンが再び目を覚ますまで、スラーインはずっとそばに寄り添っていた。

