新たな目覚め__始まりの物語
これで終わった。長き旅路の果て、一矢報いた果てに迎えた結末は満足のいくものだった。ただただ、今は眠りたい。俗世から解放されそう願うばかりだった。……だったのだが。
心休まる時など一度もなかったこの500年で唯一苦痛が和らいだ瞬間があった。一人の青年と出会い、ともにしばらく行動を共にしていた時のこと。
不完全ながらもまっすぐで純朴な心を持つ青年に自分は間違いなく、惹かれていた。彼との未来があるのならなどと、ありえないと思いつつも想像をしてしまった。
今成し遂げたことに後悔はない。これ以上の成果はないだろう。ただ、願わくばもう一度、彼と共に。平和になったナタを……、そして世界を見てまわりたい。そう願わずにはいられなかった。
「その願い、多少の条件はあるけれど叶えることは可能よ」
「……」
「あなたはナタを救った英雄。帰る場所を失いかけた魂たちを救った英雄だもの。それくらいのわがままは許されていいわよね」
「何を言っている」
「私嬉しいのよ。あなたが自分自身の幸せを願うことができて」
「そうとは言っていないが」
「そう?でも、会いたい人が……そばにいたい人がいるのでしょう?夜神の国は安定している。だから、行ってらっしゃいな」
「…………」
「でも、さっきも言ったけど多少の条件はあるわ。一つは、あなた自身の体で目覚めることはできない。あなたの体は媒介のようなものだから」
「……」
「だから、あなたの魂……、そうね、意識を移すということが正しいわ。それともう一つ、大事なことだけれど……」
「なんだ」
「あなたである、ということは誰にもわからない。たとえ魂の形を見ることができる彼やその祖母であっても。あなたに近しいとはわかるでしょう。でもそれがあなたである、ということは認識できないようになるの」
「なるほどな」
「それでも望むのであれば、私は全力でサポートするわ」
「ああ。問題ない」
「ふふ、即決ね。では意識を移す先をどうしましょうか」
「……可能であれば……」
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目を開ければ薄暗く、体の下はゴツゴツとした岩肌だ。うまく体の自由はきかないがおおかた状況を把握した。よろよろと立ち上がるがすぐにバランスを崩して転がってしまう。なるほど、これから難儀しそうだ。なんとか視線を巡らせれば謎煙の主が見える。夜神はスラーインの希望通りに意識を移すことができたらしい。
「本当にいいの?それで」
そうやって何度も念を押してきたが構わなかった。人間に意識を移すとそのものの人生を奪いかねない。であれば、なるべくそういった影響が少ない存在と考えた時に浮かんだのはナタに生きる竜だった。今スラーインは、イクトミ竜の幼体としてこの地に戻ってきた。
(しかし。幼体は流石に不便だったか。いくら竜とはいえある程度成長したものを選ぶのはどうかと思ったが……)
やっとのことで座ることができ、改めて周りを見る。これほどの幼い竜であれば本来は親がそばにいるものだが。
(はぐれたか、それとも見捨てられたか。いずれ尽きるかもしれない命であれば、しばし貸してもらおう)
そうしてスラーインは内心苦笑した。これではあの時彼の体を乗っ取ろうとしたかつての副官を責める事はできないと。
(あとは賭けだな。誰かに見つけてもらえるかどうか。……ダメであれば、それまでだ。今度こそ眠りにつけばいい)
太陽が影に隠れ、夜を迎えようとしている。さらに暗くなる空には星が瞬いていた。ゆっくりと流れる雲を月明かりが照らしている。
穏やかな時間だった。これが今のナタの世界。かつては眠ろうとすると頭に響く苦痛の声も聞こえない静かな夜。
ああ、このまま……
「あれ、君は?」
眠りにつくかと思われた時、あまりにもよく知る声が耳に届いた。ぱっとそちらを見れば月を背に空から降りてくる人物。スラーインがもう一度会えたらと願ったオロルンその人だった。スラーインは賭けに勝ったのだ。いや、それ以上の運命を引き寄せた。
「イクトミ竜、まだ小さな子供じゃないか。こんなところに一人で……、心細かっただろう」
(オロルン)竜の姿では満足に言葉は形作れず、クルルとした鳴き声となる。
「見たところ怪我はしていないようだな。よかった」
オロルンはスラーインを抱え上げると簡単な診察を行った。獣医である友人の見様見真似ではあるが。
(オロルン)
「ふふ、なんだい?なんだか君に呼ばれているように感じる」
(ああ、呼んでいる。オロルン)
オロルンの温もりを感じると、その身に体を寄せた。会えてよかった。
「変わった仔だな、君は。まだ幼いのに今まで見たことのない魂の輝きをしている。……まるで隊長みたいだ」
(……わかるのか)
「……いや、隊長なわけがないな。でも君はよく似ている。きっと隊長みたいにずっしりとまっすぐな、精悍なイクトミ竜になるだろう」
(……ああ、夜神の言った通りだな。魂の形はわかっても、それが俺だと結びつかない)
「だが、流石に今はまだ庇護が必要な時期だろう?もしよければ一緒に行かないか?友達に獣医がいるんだ。まずはイファにちゃんと診てもらおう」
(願ったりだ)スラーインは満足そうに頷いた。

