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彷徨う魂と共に


 その日、オロルンはいつもの畑仕事の後に軽く身だしなみを整えるとその様子を見ていたスラーインに声をかけた。
「スーラ、少し出かけてくるよ。君は留守番していてくれ」
 クル!(俺も行く)いつもと少々違うその様子が、彼の祖母や友人に会うような気軽さは見受けられず、嫌な予感がした。
「いや、危ないかもしれないから……」
(なに?なら尚更1人で行かせられない)
「う、うーん……」
(オロルン)人間の姿ではないとはいえ、スラーインである。イクトミ竜としての力を難なく使えるようになっていたスラーインは時折オロルンのサポートをするほどまで力をつけていた。足手まといになることはないと自負している。
「……わかった、だが、気分が悪くなったり、変な感じがしたらすぐ戻るからな?」
(わかった)あのオロルンを折れさせるくらい、大概スラーインも頑固であった。
 
 スラーインを伴ってオロルンがやってきたのは、花翼の集からウィッツトリの丘の間あたりである。時刻は黄昏時。太陽が沈み、夜が顔を出そうとしている時間だ。
 
「隊長」によって新たなルールを持って修復された夜神の国だが、未だに彷徨い続ける魂がいる。
 オロルンは以前と同様、ナタを旅してそういった魂を地脈に返していた。

「夜神の国は安定してどんな魂でも受け入れられるようになったけれど、未だにこうして、自分が死んでしまったことに気づかなかったり、夜神の国へ行けると分からなかったりして彷徨い続けてる魂がいるんだ。……ほら、あそこにも、そこにも」
 そうしてオロルンが指す場所には、たしかに人の形を保てず崩れかけた魂が多くいた。
 
『……苦しい、帰りたい……』
『ここは……どこ……痛い……寒いよ……』

(……)スラーインはこれまで1日たりとも休むことなく脳裏に響いていた声を思い出す。かつて、自身の心臓に抱えていた魂たちの恐怖と絶望と苦しみに満ちたものと同じ声が、オロルンに向かって集まってきていた。
(……そうか、未だ帰れぬ魂たちがいるのか)
「……今まではああいった魂を夜神の国へ送ることが出来なかったけど、今は違う」
 スラーインがまだまだ全てを救うには足りないという事実に歯噛みする思いをしていると、穏やかな声がその思考を遮った。
「夜神の国は、隊長のおかげで修復された。ナタの人間だけでなく、どの国の人間も受け入れてくれるようになった」
(……ああ)
「だから、あの時命を賭して戦ってくれたファデュイの戦士たちも、送ることが出来るんだ」
 オロルンは魂達に手をかざして巫術を使用する。

「おいで、みんな。君たちの行くべき場所は開かれている。夜神の国は君たちを歓迎するだろう」
『……暖かい』
『……かえれるんだ……』
『あり、がとう……』
 オロルンの巫術が完成すると、辺りを彷徨っていた魂たちが消えていった。
(……ああ、しかと受け入れよう)
 スラーインはオロルンの傍で見守りながら、夜神の国にやってきた新たな魂達を感じていた。
(……願わくば、次の生は幸せに満ちたものでありますよう)
 スラーインは静かに祈った。

 そうして、オロルンはスラーインを伴い、朝方まで時間をかけて魂を地脈へ返していた。
 キュ……(オロルン、大丈夫か)
 さすがに疲労の色が濃くなってきたオロルンであったが、心配そうに見上げてくるスラーインをみると安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ、今日はこれくらいにするつもりだし」
(……なぜ、お前がそこまでする)
 魂を送る巫術は至難の業である。「隊長」もかつてナタで調査を行っていた際に度々使用しており、その負担を知っていた。オロルン一人で抱えるものでは無いのではないか。……いや、本当は自分自身が行うべきことなのに、それが出来ないことがもどかしいのであると、スラーインは自覚していた。
「僕が好きでやってる事だよ」
(…………)
「僕は人より魂に敏感だから、他の人が気づけないような彷徨う魂を見つけることが出来る。救いたいんだ、そんな魂を」
 オロルンはスラーインを抱き上げると、きゅっと抱きしめた。
「ナタのために戦った英雄には帰る場所が必要だろう。 かつてはその場がなく、消えていった魂が大勢いたけど、今は隊長が作ってくれた場所がある」
(…………)
「隊長が自らの命をかけて作ってくれたものだから、最大限に利用したい。……うーん、言い方ちょっと悪いかな」
 クルル(いいや、そんなことは無い)
「ふふ、でもね、ちょっと打算的なところもあるんだ」
(?)
「いつか僕が夜神の国に行った時、隊長に褒めて貰えるといいな、ってな」
(……そうか)
 スラーインは自らオロルンの腕の中へと体を押し付ける。
(覚えておこう。実際に伝えるのはその時となるが、今のところは……)
 スラーインはイクトミ竜の幼体である短い手を懸命に伸ばし、オロルンの顔をポンポンとする。
 クル!(よくやった、オロルン)

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